統合失調症になったわたしの、発症から回復までの記録を公開【後編】

こんにちは!前回は【前編】としての記事を書きましたので今回は後編になります。

前編を読まれていない方は前編から読んでいただけると幸いです。

今回も長くなりますので、時間がある時に、お菓子でも食べながら読んでみてください。

わたしが統合失調症?!発症から回復までの記録を公開【前編】

ずっと側で守ってくれた家族

わたしが、統合失調症になったことで、お母さん、お父さん、また弟に、にどれくらい心配させたかは計りしれません。

東京の病院に居る時も、わたしの住んでいるマンションの退去、手続き、また裁判など、京都から東京まで、週に3回くらい来てくれてました。

当時は、自分のことでいっぱいでわからなかったけれど、京都から東京まで1人でも往復3万です。

それを家族3人、週3回で1ヶ月何十万もかけて、ずっとわたしの身の回りの整理をしてくれました。

また、裁判が終わり、東京から、京都まで帰る時、わたしは電車も乗れませんでした。

乗ったら興奮してしまう。
だから、わたし達家族は、タクシーを使って帰ったんです。

わたしの家は、決して裕福な家庭ではありません。
だから、この時の家の金銭状況は最悪だったと思います。

お金だけでは、ありません。

統合失調中のわたしは、新しい病院に入院してからも、お父さん、お母さん、弟の面会が楽しみで仕方ありませんでした。

お父さんとお母さんは、必死に朝から晩まで仕事して、休みの日はわたしの面会に1時間かけて、来てくれていました。

そして、わたしの目を見て、ずっと、「大丈夫」と言ってくれました。

どれだけ、心苦しかったでしょう?

わたしはお父さんとお母さん、弟が面会に来てくれるととても心が安らぐんです。

病気になったのは、あなたが悪いからではありません。

そして、お父さん、お母さんに何か問題があったからでもありません。

だから、今病気になっている、お休み期間中のあなたが出来る親孝行はゆっくり休むことなんですよ。

そして、お母さん、お父さん、安心してください。

あなたの息子さん、娘さんは大丈夫です。

だって、このブログに辿りつくくらい、子供の事を心配し、病気を理解しようとしてくれるご両親なんですから、お母さん、お父さんもゆっくり休んでください。

絶対に大丈夫です。

何も出来ない私にも沢山の友達がいた

面会は出来なかったけれど、新しく入院した病院に皆が来てくれたことを後から知りました。

そして、退院してすぐのバーベキューは、わたしはよそよそしいと感じていたけど、皆いつも通りに過ごす中で、

「NONちゃん、薬の時間やで」

と、ちゃんと、病気の事を理解してくれようとしてくれました。

昔のわたしは、「必要とされる人間でないといけない」と思い込んでて、

「お金もちになる」
「皆で幸せになる」

と思っていたけれど、お金持ちにならなくても、何も出来なくても、皆はずっと、友達でした。

先日、KEIから、「6年前に、NONちゃんが病気治ったら渡そうと思ってた手紙が出てきたー」

と連絡があり6年越しの手紙を読んだのですが、

『NONちゃん、いつも皆で幸せになろなって言うやん。KEIも幸せにしたいし、お母さんも幸せにしたいって。

でもな、最近、違うことに気づいたん。「幸せになろな」ってことは、今は「幸せじゃない」ってことやん。そうじゃなくて、今すでにもう「幸せ」なんやん。

それはなんでかっていったら理由はないんやん。
NONちゃんが、どこにおろうが、病気やろが、NONちゃんがそこにおるだけで、幸せなん。
皆も、NONちゃんもな。

だから、幸せになることと、人を幸せにすることに、頑張りすぎんといてほしいん…』

といった内容の手紙でした。

涙が出ました。そうなんです。

わたしは病気だろうが、なんだろうが、皆すでに「幸せ」だったんです。

だから、病気になったから、不幸だなんて思わないでください。

不便な事は、確かにあるけれど、不幸な訳ではありません。

そんな気づきを統合失調症は教えてくれました。

症状が治ったら薬は飲まなくていい?

これについては、個人個人の意見があると思います。

わたしは、正直、薬を飲むか、飲まないかについては触れずにいようと思っていたのですが、

同じ様なお悩みの方がいればと思い、書いていきます。

よく、あまり統合失調症を理解してない人や、スピリチュアルな方に、

「薬飲んだから病気になったんやで」とか、

「気持ちの問題やから、もぅ薬飲まんでいいよ」

とか言われることがあります。

スピリチュアルが好きなわたしからすれば、そうかもしれない…と思うことも多々あります。

現に、今は、手の震えくらいでほとんど症状はないですから。

ただ、こう考えてみてほしいんです。

わたしの両親は今お医者さんをとても信頼しています。

そして、お医者さんが、言う限りは飲んで欲しいと願っています。

もう、大丈夫と思っていても、自分がここまで良くなったのは、お医者さん、家族、周りの友人のお陰です。

わたしは個人的に、お医者さんを100%信じるわけでも、スピリチュアルを100%信じるわけでもなく、

自分を信じて、

「お母さんとお父さんが、薬を飲むことによって安心するのなら、その安心材料として飲む」

と決めました。

なので、わたしは今でも毎月病院に行き、毎日薬を飲んでいます。

統合失調症4つの段階

正直、統合失調症は発症してから回復するまでよりも、退院してからの生活の方がわたしは大変だと思っています。

なぜなら、病院は医療であって、薬を使って、出過ぎているドーパミンを抑えたり、興奮を抑えることは出来ても、

本当の意味でとても、大切な心のケアは出来ないからです。

私は、心の状態を良くすることが結果的に再発につながらない要因だと思ってます。

だから退院した時に、これで統合失調症を克服したとは思えませんでした。

むしろ、これからが統合失調症との日々だと強く感じたんです。

統合失調症には4つの期間があります。

  • 前兆期
  • 急性期
  • 消耗期
  • 回復期

です。

前兆期は、眠れない、音に敏感になる、焦りの気持ち、気分の変わりやすさが見られます。

わたし自身、病院に行く前は、指示される幻聴に従って会話したり、行動して寝ることが出来ず、3日間以上寝れずにいました。

そう考えると、自律神経がおかしくなるのは、当たり前ですよね。

急性期は、興奮してしまう、幻聴や幻覚が酷くなってくる、この時点でわたしは偶然警察に行き、病院に行くことになり入院生活が始まります。

消耗期は、眠気が強い、疲れやすい、意欲がわかない、自信が持てず、不安になる…といったような症状で薬により、幻覚や幻聴が収まります。
病院のケアルームに行ったりする期間もこの時期です。

そして、この頃くらいに、仮退院になったり、退院することが多いです。

だから、退院=治った訳では無いんです。

スピリチュアルが好きな人の多くは、この時、薬について疑問を感じたりします。

なぜなら、自分の幻聴や幻覚が、霊的に感じられる事は、事実だし、わたし自身、スピリチュアルが好きなので、急性期はチャネリングと似たような事が普通に出来る感覚なので、病気という括りを自分が疑ってしまうんです。

ただわたしが伝えたいのは、前回の薬を飲むか、飲まないか…でお話ししたように、スピリチュアルに100%依存してしまう事は危険だということです。

ここでハッキリ言わせてもらいますが、

一度、統合失調症と判断されたあなたは、薬によって今、興奮状態を抑えられています。

だから、意識として、「統合失調症を治す」

というよりは、「統合失調症の自分と共に生きる」

と思ってほしいし、わたし自身はそう思って生きてます。

スピリチュアルを否定する訳ではないし、そこを理解することは、とても良い事なんですが、

依存してしまうと話しは別です。

そもそも、チャネリングする人はすごいですか?
覚醒する事はすごい事ですか?

あなたと、過去のわたしの最大の欠点を言うとしたら、

「人から聞いた事に依存し、それを信じれば救われると思っている、自分自身を信じきれていない心」

だと思います。

だから、声を大にして言いたいです。

「自分自身を信じて下さい。そして今は、薬を飲んでください。」

再発したら、今飲んでいる薬は効かなくなるのでもっと強い薬を飲まざるおえません。

それを繰り返す事はとても危険なんです。

それから回復期になります。
これくらいから、気持ち的に楽になってきます。
そして、意欲も少しづつですが、出てきます。

わたしはこれくらいの時期に、金銭的な事もあり10時から15時までの仕事に出るようになりました。

働いて痛感する統合失調症という病気

わたしが病気後、働き始めたのは、テレアポのお仕事でした。

電話でアポを取るお仕事で、仕事場には3人の従業員がいます。

そんな中、統合失調症の後遺症が顔を出してきたのです。

どんなに、やる気を持っていても、やる気が無いように見られてしまう。

従業員と会話していても、色んな言葉が入ってきて上手く理解出来ず、話がまとまらない。

そして、従業員の方から

「あなたは、感情が無いんですか?」

と怒ったように言われてしまいます。

ですが、病気の事を話した訳ではないので、何とも言えずに、とても窮屈な気持ちになりました。

ただ、それは仕事の人間関係の話しだったので、まだ良いのですが、とうとう仕事にも影響を出すことになります。

あるとき、電話で初めてアポが取れました。

そして、最初は店長とアポ先の家に向かうのですが、商品を説明する時に、全然内容がわからないのです。

記憶力の低下から、自分が話している内容が意味がわからなくなるんです。

それにビックリしている店長が、変わりに話しをしてくれました。

ただもっと困ったのはこの後です。
店長が話すことにより、契約が決まり契約書類を書く時、アポをとったのはわたしなので、名前を書かないといけません。

ですが、わたしは手がガクガク、凄い勢いで震えて字が書けなかったんです。

店長を含め、アポ先の方は、なんとも言えない表情でわたしの震える手を見つめていて、

余計に手が震えてきます。

「大丈夫ですか?」

そう言われて、「すみません…大丈夫です。」

と伝え、わたしは書けないながらにぐちゃぐちゃな字を書いてひとまず、会社に帰りました。

帰る時も、店長から

「この仕事やっていけそうですか?」

と聞かれ、わたしは他の仕事にはつけないと思っていたので、

「はい…がんばります」とだけ、答えました。

統合失調症のあなたが、回復期に入ったからといって無理に働く必要はないです。

ですが、働かざるおえない状況も凄くわかります。

だって、見た目は一般の方と変わらないから。

でも、働いてみると、自分の不甲斐なさにガッカリすることも沢山あるでしょう

職場では、周りの友人や家族と違って理解も少ないです。

ですが、自分を責めないで下さい。

あなたは、何も悪くありません。

あなたには沢山の価値があること、これからどうしていけばいいかなど、これからもこのブログで発信していきます。

無理せずに、ゆっくり、自分のペースで乗り越えていきましょう。

8年間の中で変わったこと

統合失調症になってから、約8年の時間が経っています。

1ヶ月に一度の通院もずっと続けています。
ただ、通院が続けられているのは、母のお陰で、最初の何年かは

「もう、大丈夫だから行かない」

と言い続ける私を、無理矢理、連れて行ってくれました。

そして、今日も、通院の日だったのですが、毎日飲む薬が3錠までになりました。

3錠と聞かれた方は、

「まだ3錠も毎日飲んでるの?」

と思われるかもしれませんが、

当時わたしが飲んでいた薬の数は、1日40錠です。

当然ながら、前の記事でも書いているように、手が震えたり、記憶力が低下したり、意欲があってもそう見えなかったり、沢山の副作用がありました。

すごく辛いし、嫌になるし、薬を辞めたいと思う事は自然です。

ですが、今、統合失調症になっている方で、そう思われている方がもし、いるなら、まずは今の現実を受け入れて下さい。

冷たく聞こえるかもしれませんが、それが、統合失調症と共に生きるということです。

その中で自分のメンタルを見つめ直す

統合失調症になってしまったから、「自分は周りより弱い人間だ」「劣っている」と感じていませんか?

確かに、不便な事は多くなるし、人からの目も気になるのは事実です。

ですが、本当にそうでしょうか?

実際にあなたが、統合失調症になったのは

  • 頑張りすぎた事
  • 繊細過ぎた事

が強く影響しているように感じます。

本来、とても優しく、感受性の強い、真面目な方なのでは無いでしょうか?

ですから、

「頑張ってきたあなたが今休む期間を貰えているのは当たり前」

その中で、その休む期間に、自分が本当にしたい事、誰の目も気にしなくていいなら、自分はどう在りたいか…を考えるのはオススメです。

ハッキリ言います。

「こんな自分だから…」
「わたしなんて…」

悲劇の主人公になる事は辞めましょう。

本当の意味の主人公になって、これからの人生を楽しんでいきましょう。

今が苦しい方、少しでも楽になれる方法を考えていきませんか?
どんな些細な事でも構いません。
悩んでいる事、辛い事、いつでもコメント、メッセージくださいね。

統合失調症の回復期に自宅で勉強して仕事にするオススメ4つとは?!

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統合失調症になったわたしの、発症から回復までの記録を公開【前編】

「統合失調症ってどんな病気?」
「名前は聞いたことあるけど、実際のところ良くわからない」

そんな方は沢山いらっしゃるのではないでしょうか?

わたしは、8年前に、統合失調症になりました。

自分が統合失調症のことをブログに書くか悩んだのですが、統合失調症についての記事が医学的なものしかなく、わかりにくかったので、赤裸々に書いていこうと決めました。

長いので、前編と後編にわけています。

自分が鬱かな?と思っている方、パニック障害がある方、統合失調症と診断された方、また、周りに、そういった症状の方がいるという方に、読んで頂ければと思います。

はじめに

「声が聞こえる…」
「何かが見える」

時計の音も、何かの、意味がある感じがしたり、壁の模様も絵が書いてあるように見える…8年前に、わたしに起きた現象です。

皆さんは、「統合失調症」という病気をご存知ですか?

わたしは、この8年間、その病気と共に暮らし、共に生活しています。

今も、薬を飲んでいるし、この薬は、症状を良くするのではなく、再発を防ぐ為に飲むものと伝えられ、今も飲み続けています。

 

もう、生活に支障は無いくらいまで回復し、今もこうやって、ブログを書いています。

今回は、統合失調症について、少しお話しをさせて下さい。

まず初めに、この病気は、誰にでも起こる可能性のある病気です。

現在100人に1人とされる病気で、10代から40代くらいが発症しやすい病気です。

 

発症の原因は様々で症状も様々です。
ですので、これが原因とか、この症状があるから統合失調症だという訳でもありません。

あくまで、わたしの体験として、そして今、この病気と闘っておられる方を勇気づけれたら…と思い書いています。

この病気は、誰も悪く無い病気です。

精神力が弱いとか、考え方の問題とか、そんなものでもありません。

だから、自分を責めなくていいですよ。

本人だけではなく、関係者、周りの友人も誰も責任を感じなくて大丈夫です。

また、しっかり病気と向き合っていけば、必ず良くなっていきます。

だから、一緒に頑張っていきましょう。

普通の生活が突然変わった

当時25歳。
銀座8丁目で、ホステスの仕事をし始めて、一年くらい経ってました。

もともと、絵を描くのが好くのと占いが好きでスピリチュアルな、想像力の豊かな、普通の女の子でした。

ただ、生まれつき、足の指に先天性の障害をもっており、小さな頃から入院や手術の日々が続き、その度に、

「自分は強くならないと」
「自分が周りを幸せにしたい」

という気持ちが幼少期から強くありました。

元々、絵を描く為に東京に来たのですが、夜の仕事で稼げるお金で、「周りに楽をさせてあげれる」=「周りを幸せにできる」とこの時のわたしは考えていて、毎日仕事に出ていました。

とても緊張してしまう性格で、仕事はお酒を飲まないと、あまり上手に喋れません。

そして、飲むと性格が変わったかの様に、ペラペラ喋ってしまうところがあり、

いつも朝方まで飲んで、酔い潰れて家に帰り、そのまま就寝し、また夕方起きるといった生活パターンが1年以上続いていました。

お客様をあまり多くもっていなかったわたしは、お姉さん(お店の先輩)のお客様のヘルプになる事が多く、とても気を使っていました。

なんせ、お客様にも楽しんで貰わなければいけない、お姉さんにも、愛想を振りまかないといけない…そんな状態をずっと続けていました。

そんなある日、ふと、声が聞こえてきました。

わたしは、スピリチュアルが好きだったこともあり、

「わたしに、能力がついた」

そんな気分になってしまったのです。
そして、それは楽しくて仕方ありませんでした。
わたしは、ずっと喋り続けたんです。

周りがおかしいと感じはじめた

仕事に行く前から、お風呂で会話したり、髪を解かしながら会話したり、わたしはすごい能力を手に入れたと思いました。

そして、それをノートにとって、メモして、すぐに親友のKEIに伝えようと思ったんです。

電話が繋がり、わたしがしゃべっている最中も、黙ってKEIはうん、うん、と聞いてくれました。

わたしは「すごいなぁ~」と言われると思っていたのですが、その返信はとてもあっさりしたものでした。

「なに、言ってんのか、よくわからない。」

なんで、伝わらないんだろう…
この時、わたしはそればかり考えてました。

そして、仕事も休み、3日間、寝ずに家で1人で喋り続けました。

そして、それをKEIや、他の友達に何度も話し続けました。

地元では、「わたしから電話があった」「なんか、訳わからないことを話してた」=「薬物しているんじゃないか」

という話しになっており、わたしが、病気になっていることは、わたし自身も、周りも全く考えもしませんでした。

ただ、わたしが「おかしい」という事は明らかでした。

警察に行き、病気が発覚する

3日間寝ずに、その日の夜、わたしは六本木の町に出ました。

そして、銀座の前に、働いていたお店に行き、自分の状況を説明すると、酔っ払いだと思った店長は、わたしをタクシーに乗せ、帰らせようとしました。

ですが、わたしは帰らずにタクシーで色んな所へ行きました。

そしてメーターが上がっていくのを気にせずに乗っていると、結局どこに行くのか、訳のわからない事を言っていたわたしは、警察に連れて行かれたのです。

そのまま、警察で話をして、心理カウンセラーのような人たちと話した結果、病院に送られる事となりました。

そして、救急車で運ばれている最中も、わたしは

「これから新しい世界に行くんだ」

と、恐怖心は全くありませんでした。

ただ、激しく興奮して大声で叫んでみたり、逆に周囲からの刺激にまったく、反応しなくなったりします(緊張病症候群)

また、目的のない運動や無意味な言葉を繰り返す常同症や、芝居じみた挨拶や奇妙な身振りをする衒奇症(げんきしょう)、

最初にとらされた姿勢をそのまま保ち続けようとするカタレプシーがみられることもありました。

これが、わたしに起きた統合失調症の陽性症状です。

連れて行かれた病院は廃墟の様な隔離施設だった。

病院は自分の「新しい世界」とは真逆の様な、汚い、暗い場所で、気づいたらわたしは、手と足を縛られて、ベッドにいました。

大声を出しても、誰も来ません。

そして、数分経ったあと、看護婦さんがきて、ポカリスエットをわたしの口に含ませます。

そして、また出ていきました。

正直、ここでの記憶は壮絶過ぎて、あまり上手に書けないです。

ただ、医療関係者の方が見られたら、あまり良くない表現なのかもしれませんが、病院はしっかり選んだ方がいいです。

わたしは、最初に連れて行かれた病院では、ここまで、立ち直ることは絶対に不可能だったと断言できます。

何ヶ月か何週間か経ってから、面会も出来ない事を両親が不審に感じ、裁判をし、病院から出ることになります。

そして、お正月。
地元、京都の実家に帰ったのです。

周りが驚く変わりよう…

わたしは、50キロあった体重が、40キロまで落ち、随分と痩せていました。

両親は、ずっとわたしに寄り添い話を聞いてくれますが、わたしの言っている事はめちゃくちゃで理解できる訳ありません。

友人も、心配して来てくれますが、宇宙語という言葉で話したり、急にテンションの上がるわたしに驚き、言葉が出ていませんでした。

やっぱり家では治せないと思った両親は、病院を必死に探してくれました。

そして、わたしを、新しい病院に連れて行ってくれました。

新しい病院は、とても綺麗で、わたしのような症状に特化した病院でした。

そこで、わたしはまた入院生活を始めることになります。

陽性症状から陰性症状へ

こちらの病院でも、最初は隔離病棟でした。
トイレと、お布団だけある何もない部屋です。

ですが、縛られていた訳ではありません。

男性患者も多いことから、まだわたしの精神が安定していない事などから、そこで過ごすことになりました。

薬を決まった時間に飲まされ、その後、何もない部屋でただ寝るだけ、歌を歌うだけの生活がどれくらい続いたのかわかりませんが、

次第に高かったテンションとは逆に感情が何もないような症状にかわってきました。

鬱のような症状です。

何もやる気が起きず、ただ、ぼーっとしているだけです。

誰かと話すのも、億劫になり、誰とも喋りません。

そんな時、病院内での、ケアサービスのようなものに、週に1.2回行くことになりました。

ケアサービスで自分の好きな事に没頭する

ケアサービス(遊び)の時間は、わたしにとってそんな楽しいものではありませんでした。

認知症や脳の病気のおじいさん、おばあさん達の中で、若いのはわたし1人です。

その中で、カラオケをしたり、ボール遊びをしたり、映画を観たり、何も楽しくありません。

ただ、「ボス」と呼ばれる40代くらいのケアサービスの職員さんは、わたしと普通に接してくれる唯一の方だったので、話すのが楽しみでした。

そんなボスに「何か絵を描いてくれんか?」と言われ、書いたのですが、ボスがそれを医療雑誌に応募してくれた事により、

後に、その絵が表紙に採用されることになりました。

実際に後から5万円程入ってきたので、ボスには本当に感謝です。笑

そして、統合失調症の方でも、仕事の方法はいくらでもある事を身をもって体験している現在、皆さんにそういった情報も伝えられたら…と思っています。

話は戻りますが、わたしの状態は、陽性症状や陰性症状を繰り返していました。

徐々に回復というか、いわいる、普通の状態になってきたのは薬で、感情も無く、ただボーっと生きていたからだと思います。

ですが、ここで、今になって思うことは、この普通の状態を演技でも出来れば、症状は良くなったんだと認知されるということです。

それが、今まで、出来なかったから、わたしは病気だったんだとこの時くらいから、感じるようになりました。

仮退院と後遺症

隔離病棟に居たわたしが、1週間に2.3日づつくらいで、仮退院出来るまでになりました。

発症してから、約1年くらいです。

家に帰ると、今までなら、過剰にテンションが上がっていたわたしが、

何もする気が起きない…状態が続いていました。

そんな中、仮退院中にKEIがバーベキューに誘ってくれました。

久しぶりに皆で会えるバーベキュー。
とっても楽しみなはずなのに、久しぶりに化粧をしようとしても、手が震えて、コンタクトもつけれませんでした。

それから、KEIが迎えに来てくれて、バーベキューに向かうのですが、

出会った皆はとても優しく、そしてそれが、わたしにとってはとても、よそよそしい感じがしていました。

バーベキューを取り分けてくれても、手が震え過ぎて、上手く食べられない。

皆で話しされると内容が理解出来ない。

記憶力がなく、すぐに忘れてしまう。

こういった後遺症は統合失調症で良くみられます。

ですが、安心してください。
わたしは今、8年経って、完璧ではないものの、震えは大分マシになり、

記憶力は元々あまり良く無かったせいか、生活するのに支障は無いレベルです。

また、この時期は子供に戻ったかのような症状も見られました。

もぅ、26歳なのに、髪を2つに結んだり、とても子供っぽくなることもあります。

ですが、あえて何も口出ししない事で、段々と意識は戻ってきます。

ネガティブや不安な状態が続く

ネガティブや不安な状態は、続く事はあります。

でも、ここで無理に、そんな自分はダメだなんて、思う必要ないんです。

もっと自分のダメなところ、さらけだしていいんですよ。

何故なら今までのわたしは、ただ

「頑張り過ぎていただけだから。」

だから、もっと楽になって、もっと楽に考えて大丈夫です。

統合失調症になるわたしも含めて、今なっているあなたは、

「頑張り屋さん」なんです。

だから、今はゆっくり休んでいいんですよ。

 

統合失調症になったわたしの、発症から回復までの記録を公開【後編】

 

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